京都を訪れてもう一つ印象に残っているのは、松栄堂というお香の専門店である。ここでお香を購入させていただいてから、自室でお香を焚く時間が楽しみになりつつある。
インドのHEMというお香や日本のお香も何種類か持っていたけれど、松栄堂で選んだお香はとっても香りが上品で良い。お香一つ一つにも物語のある名前が付けられていて、煙の先から小さな季節を感じられるのが好きなところ。
松栄堂本店へ
香りのミュージアム、薫習館
丸太町駅から烏丸通りを下ってすぐ「香老舗 松栄堂」京都本店が見えてくる。本店すぐ隣には薫習館という香りのミュージアムが併設されており、「知る・学ぶ・楽しむ 香りの世界へ」というコンセプトの下、お香の歴史を学べたり、実際に香りに触れることもできる。まずこちらの薫習館を覗いてみることにした。
中央に位置する「香りのさんぽ」というコーナーでは、天井から四角い箱が吊り下げられていたり(箱を頭から被って箱の中に広がる香りを体験する)、香木の入った白い柱が何本か伸びているようなちょっと不思議な空間で、そこでさまざまな香りを体験することができる。お香の原材料となる沈水香木や白檀の香りを嗅いでみたが、やはり通常のお香で嗅ぐ時よりも風味が強い。
調香コーナーではお香として調合される前の何種類かの香りが小さなシリコンボトルに入っていてそれらを嗅ぐことができる。爽やかな香りがある一方で、苦味とされる匂いは正直良い匂いとは言えない。しかしそれらが合わさることによって香りに深みが出るから不思議である。なるほど、これはスパイスカレーによく似ている。
松栄堂での香りとの出会い
薫習館の中から松栄堂の店舗へ行くことができ、店内に入ると、宗教用の薫香をはじめ、茶の湯の席で用いる香木や練香、お座敷用のお線香や手軽なインセンス、匂い袋など色々な種類のお香が陳列されている。気になるお香があれば、店員さんに声を掛けると店内でお香を試し焚きさせてくれる。
スティックタイプのお香が欲しかったので見ていると、「銘香 芳輪」「香水香 花世界」「季節の風」などといくつかシリーズが並んでいて、結構な種類である。一つ一つ香りのイメージに少しずつ相違があって、色々悩んだ末、下の三つのお香を購入することにした。
季節の風 涼暮月(きせつのかぜ りょうぼづき)
青色のパッケージに包まれた、涼しげな香りのするお香である。夏が訪れる手前の、川に水が流れている様子を想起させる。季節の風シリーズにはお香をイメージした和歌が添えられている。「紫陽花に虹色うつす露しずく」
薫路 雪柳(くんろ ゆきやなぎ)
こちらは花の甘さを含んだ柔らかい香りがする。雪柳の白い花が枝にこんもりと溢れ、春の訪れを感じさせる。お香の香りは購入した三つの中で一番強い気がする。
芳輪 天平(ほうりん てんぴょう)
一箱20本入りで二千円と少しお高めのお香だが、寺院を訪れた時のような自然で気品のある香りがする。お香を焚き終わった後に、廊下から自室へ戻ってきた時の残り香に触れると穏やかな気持ちになる。
また、空蝉香(うつせみこう)という名の美濃和紙で包まれた匂い袋があり、ほんのり甘くふくよかで良い香りだったのでこちらもいただくことにした。普段使いのショルダーバックのポケットに忍ばせている。
香りを聞くこと
香道の世界では香りを「嗅ぐ」と言うのは無粋で、香りは「聞く」と表現される。「聞く」という言葉には「理解する」という意味も含まれる。香木には生き物の魂が宿るとされ、香りを通じて自然の声を聞き、自然と一体化することで自身と向き合うことにもつながる。
こうして文字にしてみると、香りのイメージを人に伝えるのは思ったよりも難しい。一方で、香りが色や音、景色を想起させるように、香りには香りそのものを超えた広がりを見せるための余白が含まれている。上に述べた「季節の風」のお香で感じたように、和歌や詩と合わさることで文学に空間が生まれる。実際に香道では、和歌を主題にしてイメージした香りを焚いて楽しむそうだ。
私はまだ香道を体験したことが無いが(興味があるので機会があれば是非体験してみたい)、よりお香の世界を楽しめるよう最近香炉を新調してみた。蓮の実をモチーフにした香炉で背丈の低いお香は蓋をして使え、煙が穴の部分から出てくる。和のお香とも馴染むので良い。