パン屋に併設されている喫茶店で朝食を済まし、窓の外をぼんやり眺めていた。
「珈琲のおかわりは・・いかがですか」
すこし辿々しい様子の若い男の店員さんに声をかけられ、ふと我に返る。すっかり冷え切った残りの珈琲を飲み干し、軽く微笑んでカップを差し出す。あたたかい珈琲を注いでもらった後、ひとりの時間へ戻った私は再び窓の方へ目を向けた。
雨が降っている。
深く傘をかぶった人々が、時々私の目の前をガラス越しに横切る。平日の午前ということもあり、いつもより人通りは少ない。
店の前の道路を隔てて向かい側にタクシーが停まったが、なかなか人は降りてこず、ハザードランプは点滅を続けている。
開催中の展覧会などを調べてみたが、月曜日ということもあり休館している美術館がほとんどだった。
手持ち無沙汰の雨の中、そういえばこの辺りに植物園があった気がするなぁと思い携帯で確認してみると、ここから歩いて約十分ほどの距離である。
やはり雨で濡れてしまうのは億劫だしやめようかという考えが一瞬頭を過ぎったが、すぐにそれを取り消した。今ならきっと人も少なくゆっくり回れる。雨の日の散歩もたまには悪くないだろう。
植物園に着くと入り口は閑散としていた。
今日はよっぽど来園者が少ないのか、まだ遠くに見える窓口に立つ年配のスタッフは、私がこちらへ向かってくるのに気づいたのか少し背筋を正した。ぼやけた顔の輪郭がはっきりしてくると、すぐに私と目があった。
ビニール傘の上を雨音が絶えず弾き続ける中、園内へ入ると濡れたアスファルトの地面からいくつかの道が枝分かれしている。窓口で受け取ったパンフレットを開くと、野草園をはじめとし、蓮池や日本風の庭園、盆栽、バラ園など様々なエリアがあるようだ。
田舎にありそうな自然を切り取った風景の一角では、廻り続ける水車から絶えず落ち続ける水の音が加わる。木の枝が道にかかり、その下を通りかかると雨の調べはふと止んだ。
少し身体が冷えたので雨宿りをしようとふやけた地図を開き、温室の方を目指した。しばらく歩き入り口の前に着くと、水辺に佇む一羽の白い鷺がこちらの様子を伺っている。
建物の中へ足を踏み入れると、外気の冷たさとは裏腹にもわっとした空気が辺りを漂い、ガラスドームの中の壮大なジャングルに圧巻された。
まず目に止まったのは巨大なサトイモ科の植物で、園芸店でよく見かけるような馴染みのある品種が並ぶが、中には背丈が私の二倍から三倍ほどあるものもある。伸び伸びと成長している姿を見て、自室のモンステラがまだ可愛らしく思える。部屋に置いてもうすぐ一年になるが、六号鉢が少し窮屈そうなので、そろそろ植え替えが必要だ。
高山植物のエリアに入ると、からりとした冷たい空気が漂い、北海道の川湯温泉で迎えた早朝の景色をふと思い出した。
その日は早くに目が覚めて、旅館の部屋の窓を開けると一面が霧で覆われていたので、慌ててフィルムカメラを持って外へ出た。
終わりの見えない一本道の車道の真ん中に立ち、耳を澄ませてみたが何も聞こえてこないので、自分が一人そこに取り残された気分になった。
やがて太陽が昇り切り霧が晴れてくると、辺りには普段あまり見かけないような植物たちが息を潜めていた。硫黄泉の湧き出る山の麓の土の粒は大きかったと思う。旅館といえど素泊まりだったので、近くのセイコーマートでおにぎりを買って部屋へ戻ったのだった。
・・・そんな風にぼんやりと考えごとをしていると、私の前で十代くらいの二人組の女の子たちがとてもじっくり植物を眺めていたので、距離を保って私もゆっくりと園内を見て回った。
ぼーっと植物を眺めていると、一体どのような過程を経て彼らはこのような形に行き着いたのだろう、という一つの疑問が頭に浮かんだ。
何千年、何万年と遺伝子が繋がれてきた中で、そのように姿を変えて行った根拠は何だったのだろうか。また、その変化はある日突然表れたのか、徐々に変わっていったのか。姿を変えた時点で、今日の地球の姿をどこまで知っていたのか。
そして、多様な選択を捨て、自生できる環境を自ら定めた結果残ったその姿が、さらに発展していく先には何があるのか。
厳しい環境での生き残りをかけ、ごく自然な原則に従い多様な「個」の進化を遂げてきた植物たちを前にして、私ははっとした。その些細な気づきがひどく恐ろしいものに感じたのだ。
人種や文化、思想といったものが雑多に交わる今の世で、このまま人間の人工的な交配が進んだ先には、単調な容姿と思考しか持たぬ一つの種へと人が行き着いてしまう光景が思い浮かんだからである。
その社会では、皆が同じ顔をして、同じ言葉を話し、同じ神を信ずる。
差別という概念は存在しない。そこでは人々は同じ肌と瞳の色を持ち、性の役割はもはや意味を成さぬものとなってしまっているからだ。
この種の衰退の兆しを見た採集家たちはどうこの世を憂いてきたのだろう。そして、彼らの側でこの景色を垣間見た私は、差別主義者にあたるだろうか。
北門を出ると、色づき始めた木々は雨に当たり早くも葉を落とし始めている。無人の並木道を歩きながら、私はこの問いの答えをまだ直視できないでいる。